虐待されていたらしい私の話 -1-

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存
  • 2
スポンサーリンク

f:id:wakai_ojisan:20160310233120j:plain

こんにちは。

自己紹介の記事にも書きましたが、私はどうやら虐待されていた”らしい”ようです。

”らしい”というのは、未だに私自身が虐待だったという事実を飲み込めないでいるからです。

この記事は私が生まれ、虐待されていた過去とその背景、うつ病になった経緯、その後などを複数の回に分けて書いていこうと思います。

現実でこんなことを話せる相手も居ませんし、喋ってもただの不幸自慢..せめてネットくらいには、残しておこうかな、なんて思いました。

は 関東のとある県の田舎で生まれました。

父親はエンジニア(どんなエンジニアかは書かないでおきます)、母親は一般企業で勤めていたものの結婚後は主婦、そういう家庭でした。が、私はもともと作るつもりの無かった子供。できちゃった、という感じです。

父親は私が生まれたことをよく思わず、後々ずっと生まれてこなければよかったと言われることとなります。

生まれてすぐは母方の実家で暮らしましたが、そこから数ヶ月で父方の実家がある北海道へ父親の仕事の都合で引っ越しとなりました。これが私と、家族の歯車を狂わせました。

私がまだ歩けもしない頃なので全て聞いた話ですが、引っ越して間もなく父親は過労で重度のうつ病となりました。

母親を専業主婦で家に置いておくことが出来たくらい稼いでいた父親が働けなくなり、家計を維持することが難しくなった我が家は、母親が朝から晩までパートで働く事に。

私が覚えているのは幼稚園の年中くらいからの記憶です。母親は朝起きるともうパートに出て家に居ない。毎日朝食のおにぎりとお弁当が作られていて自分で幼稚園の準備をして、幼稚園のバスに乗って幼稚園に向かう。

帰ると父親から訳も分からず殴る蹴るをされる。暴力は母親がパートから帰ってくるまで続きます。

「お前なんか生まれてこなければよかった!」

「お前は頭が悪いんだから生きててどうするんだ」

「死んでしまえばいいのに」

毎日そう言われ続けました。時には包丁を突きつけられ、ただただ恐怖を味合わされました。

幼稚園児といえばすぐに友達が出来そうなものですが、私には友達が居ませんでした。きっとその頃から何らかの影響を受けて居たのでしょう。

そんな事もあって友達のいない私は家でただ、父親の暴言と暴力の日々が続きました。

時には家に入れず北海道の真冬の中、母親が帰ってくるまで家に入れないことさえありました。

でもこれが普通の家なんだとこの頃から思っていました。自分はきっとなにか悪いことをしたんだ。そう思っていました。

幼稚園を卒園すると、経済的に追い込まれた我が家は母方の実家がある関東へ引っ越しました。

すると今度は、父親だけでなく母方の祖父母にも虐待をされる事となりました。

wakai-ojisan.hatenadiary.jp

スポンサーリンク
広告
広告

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存

フォローする

スポンサーリンク
広告